思うこと

自己犠牲に慣れてしまう介護職に必要なもの

こんにちは、nono(@nn00km)です。

突然ですが、あなたにとって仕事の優先順位は何番目ですか?

1番目?2番目?それとももっと下でしょうか。

本人が納得していれば、どれも正解だと思います。

しかし、介護職をしていると望んでいないのに仕事が1番になってしまっている場合があります。

今日は介護職としながら感じていたことを書いてみようと思います。

福祉職の人は自己犠牲に慣れている

福祉職についている人は特に「自己犠牲」に慣れてしまっている人が多いように感じます。

「私がやらないとご利用者が困る」

「みんな頑張ってるから私も頑張らなきゃ」

そんな風にサービス残業をしたり、休憩を削って仕事をしている人、います。

ストレスが溜まったり、体調を崩したり、苦しそうな方も多いです。

目の前に困ってる人がいる。

だから何とかしてあげたい。

そう思う気持ちを私はダメとは言えません。

望んでいるならいいのですが、支援者が苦しまずに働く方法はないんでしょうか?

誰かのために一生懸命になれることはとても素敵なことだけれど、私たちのしていることは奉仕活動ではありません。

利用者の幸せも支援者の幸せもどちらも同じくらい大切なはずです。

どうして自己犠牲をしてしまうのか

現在の福祉業界では、利用者それぞれにあった対応が求められています。

利用者の気持ちは尊重しなければいけないし、自由を制限してはいけないし、事故や怪我からも守らないといけない。

介護現場では、常に神経をとがらせていました。

歩行不安定な方が3人同時に立ち上がる。

だけど、介護士は私一人しかいない。

「ちょっと待って」は虐待だと言われてしまう。

待つことが苦手なご利用者に対して、あなたならどうしますか?

利用者の行動の自由が増えるほど、転倒事故のリスクは高くなります。

本人の意思で動いた結果の事故だとしても、目の前で起きる事故を仕方なかったではすませられません。

自分が休憩を削って働くことで、誰かの事故を守れるなら、自分の休憩を削ることを選んでしまうんです。

ニーズは増える一方で、支援者の数は全然追いつきません。

自分をいつの間にか追い込んで、心がぽっきり折れてしまう職員もいます。

支援者の心のゆとりが利用者の幸せに繋がる

環境の力は強く、いつの間にか自己犠牲することが当たり前のような気持ちになることがあります。

誰かの幸せのために、誰かが不幸せになる。

もしそうなってしまっているのなら、何かが間違っています。

本来、どちらの幸せも目指すべきなのではないでしょうか。

簡単に環境を変えることはできません。

福祉施設の運営者の多くは、この環境を変えるために努力してくださっていると思います。

けれど、その変化を待てずにやめてしまう職員もいます。

どちらが悪いということではありません。

私は運営や経営のことはさっぱり分かりませんが、今後の高齢化に立ち向かうためには介護職のフォローに力を注ぐ必要があると思っています。

心のゆとりをもてるような働き方、自由度のある選択肢を増やしていく。

そうしたなかで、支援者としての質を高めていく。

介護職の幸せを追及することが、結果的にはご利用者の幸せに繋がるはずです。

人材不足による介護職の質の低下。

増加する介護現場での虐待。

それは専門職として、あるべき姿ではありません。

みんな分かっています。

どうにもできない現状にもがきながら、働いているんですよね。

必要なのは、周囲の正しい理解と、介護職の心のゆとり。

上手くできる人もいれば、時間がかかる人もいる。

それはどこの分野でも同じです。

私が作ろうとしている場所が、がんばる介護士たちの心のゆとりに繋がればいいなと思っています。

nono

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